第9話 衝突勃発?!

ドイツのパン屋さんは、11月か らお正月までが一番の書き入 れ時になります。
11月11日のカーニバルの幕開けに恒例のベルリーナーという揚げ菓子に始まり、 クリスマスまでずっとレープクーヘンという伝統的な甘い蜂蜜クッキーや、 日本でも最近は随分メジャーになったシュトレンというドライフルーツのたくさんつまったケーキを作り続けます。 日本で、季節の行事と和菓子が密接な繋がりを持っているのと同じで、お祭りにパンやケーキはつき物なのです。

私達パン屋弟子は、修業に慣れてきた頃にちょうどこの繁忙期を経験することになります。
私のマイスターはもともとはお菓子のマイスターで、 後からパンのマイスターの資格を取った人なので、パン作りよりもお菓子作りをとても嬉しそうにする人でした。 もちろん、クリスマス前の張り切りようはすごくて、毎日毎日チョコレートと格闘していました。 大きな工房ではお菓子の部門とパンの部門が分かれていて、パン職人の弟子は最低限のお菓子の仕事しかできないのが普通なのですが、 マイスターの所は小さいので、チョコレートのテンパリングやコーティングといった作業まで私達はやらせてもらっていました。

学校でも、クラスメートとの会話から他の工房の様子を聞くことができます。
大きな工場で働く子達は、ベルトコンベアの張り巡らされた工場で、1日中同じ作業ばかりしていたりするそうです。 マイスターの所は規模が小さいため、けしのペーストを作る為にはけしを2度挽きするところから始めないといけないのですが、 大きい工房だと出来あがったペーストを仕入れていたりするのだそうです。 そんな話を聞く度に、私はマイスターの小さいお店を選んで良かったと思っていました。

私はもともとパンの知識が全くない人間でしたので、最初の半年は本当に無我夢中で、 工房でも学校でもマイスターや先生の言うことを全て鵜呑みにして、何も疑うことをせずにとにかく吸収していました。
でも、だんだん自分の知識や技術が付いてくると、物事に対して、もっと自分の目で見て判断できるようになるものですよね。 それは、当時の私にも当てはまり、 安くて大きなパンを欲しがる消費者のために、添加物を使用して大きく膨らんだパンを作る傾向にあるドイツのパン業界の方向性に疑問を持つようになりまし た。

マイスターのパンの作り方もこのトレンドに乗ったものでしたので、 自分で納得できない物を作りつづけて行くことに対して、私はストレスを感じるようになりました。 この添加物はBackmittel(バックミッテル)と呼ばれ、化学物質ではなく、麦芽粉、レシチン、ビタミンCなど 自然界に存在するものをから取り出した純粋に天然なものがほとんどなので、有害ではないことは頭では分かるのですが、 職人の知識や腕、素材の力や環境とは関係なく、なにか魔法を使って力づくでパンを膨らませているようで私は生理的に嫌なのです。 また、添加物に頼ったパン作りしかできない職人にはなりたくないと思っていました。

不満はあるものの、私は弟子の身分だし、どう考えてもマイスターや先生達よりまだまだパンの知識も経験も未熟なはずですから、 やり方についてあれこれ口出しをする気も暇もありませんでした。 ただ、家では学校で習ったり、図書館で借りてきた知識を使って添加物の入らないパンをいろいろ作ってみていました。

そのような不満を内に抱えながらの仕事、 私もそんなにおとなしいタイプではないので、そのうちマイスターとよく衝突するようになりました。

どこでもそうですけど、自分のお城を持っているマイスターは、長年かけて良くも悪くも「自己流」を工房の中で通します。 中には、「それは、かなり基本からずれて・・・・・いやぁ、はっきり言って学校ではバツされるやり方ですよ。」 ということも。 出来上がりの見た目や味がOKなのでしょうけど。

私のマイスターも例外に漏れず、なにかと経験則でものを言うところがあったので、
「学校ではこう習った」と言う私と、
「でも、いつもこうだから、こうでいいの!」と言うマイスター。
そりゃー、衝突するでしょうね!(笑)

言いたいことをお互い言い合って、険悪なムードの時期があったり いつの間にかまた仲良くパンを作るようになったり、の繰り返しでした。(笑)
ただ、今まであやふやに決めていた工房のルールもしっかり確認し合うようになっていましたので、 結局、前より働きやすくなったものです。(そう思っているのは私だけだったりして?!)

そうこうするうちに時は経ち、私の修行も2年目に突入し、組合から「中間テストのお知らせ」が送られてきました。 3年修業の他のクラスメートたちが、2月末にテストを受けた時、私は修業を始めてまだ半年しか経っていなかった為、 私のテストは秋に延期されていたのでした。