第5話 試用期間はじまる

1999年7月19日
試用第1日目です。 朝3時20分から仕事が始まるということだったので、前日は早めに床についたのですが、 ドイツの夏は夜は10時頃まで明るいので、なかなか寝ることができませんでした。 うとうとしていると、目覚まし時計が鳴りました。 午前2時20分。

ドイツで初めての出勤で、こんなに早く仕事に行くのも初めて。 パン工房で仕事をするのも初めて。 初めてづくしでワクワクしながら、そしてとってもドキドキしながら早朝のベルリンを自転車で走りました。

汚れてもいいTシャツとジーパンで工房に入りました。 まだ何も分からないので、とにかく邪魔にならないように見ていようと思い、入り口付近に立っていると、 チャイムが鳴って、これから3週間一緒に働く男の子が出勤してきました。 彼の名前はジェンディス。 この間見たもう一人の男の子は、今日から3週間夏休みでお休みなのだそうです。

ジェンディスは着替えて工房に入ってくると、テキパキと働き始めました。 粉と水とイーストを生地捏ね機に入れてスタートさせると、冷凍庫から生地やケーキを出してきたり。 消費者として主婦として見ているパンの数や粉の量とあまりにも違うので、 「うわ~面白い」と、ワクワクしながら見ていました。
そうしたら、マイスターが「生地捏ね機の針が3まできたら、この快速ボタンを押して!」と私に初めての仕事をくれました。

それからは、クロワッサンの生地を巻く作業とか、パンに照り付け用の卵を塗る仕事といった簡単なことを私にさせてくれました。 邪魔にならないように、でも、何か役に立てることはないか、と動き回っている間にいつの間にか時計の針は7時半を指していました。

朝の売り子さんである、マイスターの奥さんが、焼きたてのブレーッチェン(小型パン)でサンドイッチを作ってコーヒーと一緒に持ってき てくれて、 私は朝ごはん休憩を貰いました。 休憩が終わると、後片付けが始まりました。 私は洗い物をして、作業台と壁拭きの仕事をしました。 ある程度やったところで、マイスターが「今日はあがっていいよ」と言ってくれたので、 「また明日!」と意気揚々と家へ帰りました。 とにかく外に出て何かできたことが嬉しかった第一日目でした。

翌日からジェンディスと一緒にブレーッチェン生地を扱う仕事を少しずつやらせてもらましたが、 本当に「これでもか!これでもか!」というくらい試用期間中は、沢山掃除をさせられました。
日本のドラマみたいな理不尽な対応はありませんでしたが、とにかく掃除掃除! でも、なんだか日本の弟子入りドラマのイメージのある私(たぶん、日本人みんな)には、あまり奇異には映りませんでした。
しかし、現在私自身が職人になって、いろんな職場を見た限り、給料を貰わずに研修に来る人にあんなに掃除をさせるのは、 ドイツでは絶対普通でないのが分かります。 マイスターは、私が「もう辞めます」って言うのが関の山と思っていたことでしょう。
しかし、私はドイツで修業をするためには、マイスターに採ってもらわなければ何も始まらないと思っていましたし、 意外にも全然辛いとは思わなかったので、とにかく一生懸命仕事をしていました。
そうこうするうちに、3週間の試用期間最終日がやってきました。

その日はあいにく、途中で生地を分割する機械が壊れてしまい、 マイスターは修理に必要なゴムバンドを買いに出かけてしまったまま、なかなか戻って来なかったのです。 掃除が終わってもマイスターが戻らないので、ジェンディスも「君の最終日なのにね。」と心配して一緒に待っていてくれました。

やっと戻ってきたマイスターは、
「パンの組合に行って書類を貰ってきたんだよ。今度、納税通知書と履歴書を持ってきてね。」
と、私に言いました。
え?!それって採用してくれるってこと?
「9月から私はここで働けるのですか?」と聞くと、 「そうだよ。嫌なの?」と、反対に質問されました。

うわー!嬉しい!ドイツでパンの修業ができることになりました!
一緒に待っていてくれたジェンディスも「良かったね。」と握手をしてくれたのでした。