第11話 面接

お客さんの列に並んで、自分の順 番になった時に聞いてみました。
「私はパンの修業をしているみちえと申しますが、
 今、新しい職場を探しているのです。
シェフ(マイスター・経営者の意)とお話はできますか?」

1年以上前、修業を始めると決心してマイスターのお店で売り子さんにお手紙を渡した時のように、 今回の売り子のおばあさんも、驚きもせずとってもごく普通に対応して下さいました。 職人さん達は、すでに帰宅した後だったので、私は日を改めてもっと早い時間に来る約束をしました。

そして、当日は雨上がりの快晴。
勝負の日には持って来いの元気を後押ししてくれるお天気。
お店の奥から仕事の手を止めてニコニコと出てきたのは、 30代後半くらいのシェッフィン(女性のシェフ)でした。 あぁ、ここは女性の経営者なんだ!となんだか嬉しくなりました。

「どうぞ、どうぞっ♪」と、シェッフィンが椅子をひいてくれて、
「転職を考えてるんだって?」と話を切り出してくれたので、
「自分のやりたいこと、現職場ではできないこと、
 このお店のコンセプトが気に入ったこと、
転職を考えて組合に相談して決心したこと」などを、できるだけポジティブな内容で話しました。
シェッフィンは何度も「分かるわ。そうね、そうね!」と相槌を打ちました。

一通り話した後、シェッフィンが工房と倉庫を案内してくれて、再び面接の続きをしました。
シェッフィンは私の話を聞きながら、
「すごく良い感じだわっ!
 でも、私一人では決められないから、  みんなと相談してから後日電話することになるんだけど。」
と、言って明後日の11時以降に電話してくれることになりました。
私は、私のために時間を取ってくださったことにお礼を言ってお店を後にしました。

なんだかワクワクしながら、そして、大仕事を終えた後のような充実感を感じながら、 1日が始ったという雰囲気の朝の空気のベルリンを清清しい気分で自転車で家路についたのでした。

明後日の電話で私の採用が決まり、私はマイスターに辞表を提出することになりました。
マイスターはとってもびっくりしていましたが、私がBIOのお店へ行くと言うと、納得してくれたようでした。 退職までの4週間は、思っていたよりもごく普通で、時々マイスターが私が作成した表などを指差しながら、
「この雛型を持ってきて欲しいんだけど。
後はそれをコピーして使うから一枚でいいよ。」
と口に出す言葉で、私の転職が近づいているんだな、と感じ取れるくらい普通でした。

ただ、組合や新しい職場へ提出する書類を集めるのは、面倒でした。
組合へは、新しい雇用契約書の他に、 マイスターの所を辞めるという書類を出す必要がでてきて、 マイスターにサインを頼んだりと、なんだか居心地の悪い手続きではありました。

そして、とうとうマイスターのお店での最終日の仕事が終わり、 マイスターがいろいろな書類とZeugnis(ツォイクニス = 推薦状)を私にくれて、 マイスターの奥さんも出てきて二人で「がんばれよ!」と握手をしてくれました。

家に帰ってツォイクニスを見たら、私の仕事態度等について、 べた褒めな文章がぎっしり並んでいました。 私は知らなかったけれど、ドイツではツォイクニスを書くことは雇用主の義務になっていて、 もらったツォイクニスを私は次の職場に手渡さないといけないことになっています。

さぁ、明日から新しい職場での仕事が始まります。
こうやって転職ができるのも、この世界に入ることができたから。
何者かもわからない私を雇って、今までいろいろ教えてくれたマイスターに感謝感謝です。

ところで、ドイツで言うところの「BIO(ビオ)のパン屋さん」の定義についてお話しておきます。
「BIO」というキーワードは、日本で言うところの 「有機栽培で育てられたもの、またはその加工物」のことで、 化学農薬・化学肥料を全く使わないなど、 EUのとても厳しい決まりのもとに生産されるものです。
BIOのパン屋さんでは、それらBIOという表示のついた材料のみを使用することになります。 また、お店は、材料の仕入先証明書や製品をEU-Bio検査所に検査してもらい、 EU-Bio-コントロール番号というものを取得していなければなりません。 検査はBioの認定を受ける際だけではなく、定期的に少なくとも年一回行われることになっています。

パン作りには、もちろん添加物の使用はしません。
昔ながらの製法で、しかも挽き立ての粉を使ってパンを作るので、 出来あがったパンは、長時間発酵により醸し出されたパンのアロマが濃縮されてて、古くなりにくく、 また製粉後の栄養素の風化がない分、穀物粒の栄養がいっぱい詰まってます。
BIOのパンは、ドイツのどこの町にもあるBIOのお店(自然食品のお店)で購入することができます。 毎日BIOのパン屋からパンを仕入れているはずなので、商品の鮮度に問題はありません。