第8話 ドイツパン職人事情

世界で一番パンの種類の多い国は どこでしょう?
答えは、ドイツです。
ドイツでは小麦の他にもライ麦をパン作りに多用しますし、他の穀物をも積極的に使用するところが特徴的です。

そんなドイツではありますが、残念なことにドイツ人は食べ物に対して日本人ほど執着しない人達です。 食べ物に高いお金を払うよりは、節約をして、「海外旅行」や「車」によりお金をかけたがる人の方が一般的です。

どこの国でも同じだと思いますが、生活水準が上がると共に、 主食になる炭水化物の摂取量は下がる傾向にあるのはドイツも同じで、 パンの摂取量は昔に比べて下がっています。 他の買い物のついでに買えてお手軽だし、なにより安いという理由で、 スーパーマーケットで袋入りのパンを買う人も少なくありません。

パン屋さんは、昔は本当に儲かる商売だったようで、 マイスターが若かりし頃には、修業をして一人前になったら 少しずつ貯金をしながらマイスターの資格を取り、 いつか独立して自分の店を持つというのがスタンダードだったようですが、 スーパーマーケットや工場大量生産のチェーンのパン屋にお客さんを奪われがちな個人経営のパン屋さんなりたい というクラスメートはいませんでした。

今まで一緒に働いてきたドイツのパン職人の同僚達の考え方も、もう昔とは違います。 マイスターの資格でさえ、資格を取るのにお金がかかる上、 資格を持っている人にはお店はお給料を多めに払わないといけなくなるから、 職人でいる方が職にありつける、という理由で職人のままでずっといる予定だ、という同僚も沢山います。 これが現実です。

個人経営には大変な時代になったことは事実ですが、 新しくパン屋を始めるマイスターがいなくなったわけではありませんし、 良い物を作って成功している例はいくらでもあります。 大量失業のこの時代に、雇われるだけでなく自分でも起業ができるという点で、 手に職があるのはやはり強いと思いますし、職人を極めるならやっぱりマイスターかな?とは思うのですが、 私自身、マイスター試験を受けてみるかどうかはまだ分かりません。 だって、試験費用がすごく高いんですもん(笑)。

そんな遠い将来の話を、修業を始めたばかりの私とクラスメートのジャニーナがしていたことがありました。 彼女のお父さんは、パンのマイスターなんですが、ずっと失業中なんですって。 ご両親も本人も本当は大学に進みたかったらしいのですが、 進学校に進めるだけの成績がなかったため、職業訓練校に来たのだそうです。

その他にも、授業中、教室が賑やかになりすぎた時に、先生が
「君達!なんで職業訓練校に来てるんだ?」
と、カツを入れようと聞くと、 決まって
「僕達、勉強できないからだよ~」
「馬鹿だも~ん!」
と、大合唱が返ってくるのには、笑っちゃいます。

家族経営のパン屋を継ぐ子や、本当にパン作りが好きで来ている子ももちろんいますが、 勉強ができないから職業訓練校に来た、という子が、残念ながらほとんどと言っても過言ではありません。 まぁ、17歳ぐらいで、仕事に対する意識とかやる気、そのための勉強の重要性を理解している方が立派すぎるかもしれません。 私自身、10年前を振りかえってみて、当時、将来のことなどをちゃんと考えていたとは思えないですし、 仕事をしていく中で、責任感や意義を見出していく人の方が大半だと思うのです。 もしくは、私みたいに一度社会に出て仕事をしてから、やっと自分の本当にやりたい仕事が何かに気づく人も少なくないと思います。

実際、ドイツでは一般的にホワイトカラー層の方が断然にお給料が良いため、 手工業を志す若者はどんどん減っているのも現実で、 特にパン修業は早起きしなければいけない、体力的にかなりキツイ というイメージが若者をパン職人弟子という選択肢から遠ざけているようです。 ま、イメージだけでなく、現実もそうなんですけどね。

でも、実習授業の時にクラスメートの悪がき達の見せる真剣さには頼もしさを感じます。 お勉強はあまりできないかもしれないけれど、パン作りという実際の手作業を彼らは本当に楽しそうにやります。

日本でいうとどういう職業が、誰からでもシンパシーを感じてもらえる職業でしょうか?
ドイツ人は子供からお年寄りまで、男の人も女の人もケーキやパンが大好きです。 おばあちゃんやお母さんが家で焼いてくれたパンやケーキの思い出が、素敵な思い出とリンクされているのでしょう。 そんな訳で、子供も大人もパンやケーキを作れる職人さんには、無条件でシンパシーを感じるようです。
「勉強ができないから」という理由もあるでしょうが、彼らが数ある職業の中から、パン職人を選んだのも 「好きだから」という理由も大きいのではないかと思います。
実際、最初は彼らの学校での不真面目な態度に心配をした私でしたが、 職人試験がだんだん目前に迫るにつれ、真剣に授業に取り組んだり、 「職人になったらお給料で一人暮しするんだ」と、楽しそうに語る彼らは本当に可愛かったです。