第3話 職場と学校が一緒に職人を育て るシステム

しかし、弟子入りってどうやれば いいのでしょうか?秘書の方は、「パンのマイスターに電話したらいい」と、簡単におっしゃるのですが、 いきなり電話して「弟子にしてください。」と言って通じるのでしょうか? それより何よりマイスターのいるパン屋さんってどこにあるのかも分かりません。 彼女に「でも、どこに行ったらいいのか分かりません。 良いパン屋さんを紹介してください。」と言うと、 

「弟子入りの斡旋はここでは一切しません。 
自分で探さないといけないのよ。あなたの住んでるのはどの地区?」 
と聞いて、私の住む地区にあるマイスターのいるパン屋さんのリストをコピーしてくれました。

最初は面倒くさそうにしていた彼女でしたが、コピーを私に渡しながら、 
「修業は9月から始まるから、あと2ヶ月あります。時期もちょうどいいし、がんばって!!」 
と勇気付けてくれたのでした。 単純な私はつい数時間前にはカルチャースクールを想像していたにも関わらず、 事務所を出る時には修業をやる気になっていて、 バス停までの道すがらパン屋の中をじろじろ見たりしていたのでした。

と、ここまでが、私が現在ドイツのパン職人であることのきっかけです。 私はこの後2年間、パン屋の弟子として週4日は工房で働き、 1日は職業訓練校で理論、専門計算、政治などを学ぶという ニ平行式の職業訓練(das Duale System = デュアーレ ズュステーム) を体験し卒業したわけですが、ドイツが世界に誇るこの制度について 少し説明させていただきたいと思います。

ドイツで職業訓練を受け始めるのは、日本でいうと高校に入学する くらいの年齢で、2000年は348の職種において約170万人が 職業訓練を受けています。 これは実に16~19歳人口の2/3を占めていて(残りの1/3は 大学進学を目指すコース) 職業訓練の内訳は、49%商工業、38.8%手工業、14.6%農業や 公共の仕事などその他となっています。

私は手工業という職人を育てる職業訓練を受けたので、銀行や オフィス、鉄道など他の分野の訓練課程がどういったものなのかは 詳しく言及できませんが、実務と学校教育を平行して行っていく という点では同じです。

日本では、学校は学校、仕事は仕事と分かれていて、 たとえ学校で実習をしたり、理論を習ったところで、社会に出て現場を見てから 「あーあれをもっとちゃんと勉強しておけばよかったー」 なんて後悔をしたり、仕事をはじめてから必要性を感じて勉強を始めようとしても、 時間がなくてできなかったりすることが多いと思います。

その点、私が受けたドイツの職業訓練(以下 修業とします)では、 現場でプロから実務を叩きこまれ、学校では科学的な根拠をもとに理論を 叩きこまれます。実務といってもプロの人は自己流というのがあったりして 決して基本に忠実でなかったりするのですが、その点は学校で きちんと基本にそった正しい方法を習うので完璧です。 また、学校で習ったことがすぐに実務で応用できたり、 実務でやっていることについて、学校で理論を習うやり方は最高だと思いました。

プロの人達と一緒に同じように働いていても、弟子の給料は本当に すずめの涙ほどしかありません。しかし、弟子の間はたとえ職場が ものすごく忙しくても学校に行く義務があり、マイスターも弟子を 学校に行かせる義務があったり、組合実習があればマイスターが 参加費を払って通わせなければならなかったりと、職人を育てる という決まりや環境が整っているので、弟子の間は思う存分 学校や組合で勉強ができます。また、マイスターや先輩の職人さん達 みんなが同じ道を歩んで来ていますから、良い成績をもらってくれば 一緒になって喜んでくれますし、質問をすれば丁寧に教えてくれます。 「出る杭は打たれる」なんて諺はここには存在しません。

一人前の職人というタイトルを受ける時には、実務経験と理論学習を 修了しているので、どこに行っても即戦力として働ける本当のプロが 誕生するわけです。このように、職場と学校が一緒に職人を育てる システム、これがドイツのデュアーレ ズィステームです。

と、ここまではシステムの良い面だけを書いたわけですが、 時代に合わせて変化対応させていかなければならない問題点も 沢山あります。
先ほども、弟子の給料が少ない事実について少し触れましたが、 ドイツでは「資格」があるかないかでは待遇は雲泥の差なのです。 たとえ職人と同じように仕事ができたとしても、修業を途中で 断念してしまった場合、何年働いても「職人」とは名乗ることが 許されません。資格を持っていないのであれば、「手伝い」で しかなく、同じように働いていても給料にも差をつけられます。 資格を取るにも、検定試験を受ければ取れるというようなもの ではなく、「過程」を経て「資格」があるわけですから、 ドイツで別の分野の仕事にパッと転職するのはほぼ不可能に思えます。

このように、職業選択をする年齢が早すぎて、後からその修正が しにくい点、コンピューターなど、変化の速度がとても速い分野では、 このようなドイツ式なやり方では、とても労働力が追いつかない という点がよく問題点として挙げられ議論の的になります。