第10話 決心

中間テストには、私が授業を受け ていない化学や生物、食品工学の分野も範囲に入って いました。 これは、他の皆が1年目で勉強したことで、 パン作りとは直接には関係しない栄養素や体内のこと等についてだったので、 図書館で本を借りたり、夫の高校時代の教科書を読んだりして独学しました。

半日がかりの筆記試験の約10日後である2000年10月4日、組合で実技のテストが行われました。 約2時間、指示書を見ながら作業を進めていきます。
ライ麦の入ったパン生地を水加減に注意しながら捏ねたり、 パン生地を計り分けたり(この時は、目と手の感触を最大限に利用します。3回も4回も計りに生地を取ったり乗せたりしてては素人です)、 さまざまなパンの成形をしました。
結果は、(日本の評価方法で)筆記が4で実技が3でした。 いつも、仕事で「早く!早く!」とせかされて仕事しているので、 他の人に比べてずっと手際良く作業が進んだのは良かったですが、 時間が余るくらいあったのだったら、やっぱりもっとゆっくり「より美しく!」を心がけて作れば良かったです。 しかし、こういう実技試験は初めての経験だったので、どういうものか良くわかったし、 中間テストというのは、職人試験へ向けて弱点を知るためのものでもあるので、 反省点や改良点が沢山見つかって良かったと思いました。

工房では、もうほとんどの仕事をこなせるようになっていた私ですが、そうなってくるとやはり、心配もでてきました。 あと1年で一人前の職人になるわけですが、その時に本当に「ドイツパン」が一人で焼けるようになるのか?という疑問です。 マイスターのお店は小さいし、お客さんもシングル家庭が多い為お菓子や小さなパンの売れ行きは良いのですが、 ドイツらしい大きくて黒くて重たいパンを作る機会が少ないのです。
そのため、ザワータイク(ライ麦サワー)という、パンに酸味をつける酵母は、材料会社から乾燥したものを購入して使っていました。

再びマイスターとの衝突が始まりました。
私は、どんなに手間がかかっても、体力を使っても、 「より美しくて美味しい」商品を作り上げるのは楽しいし、 たとえ職場でどんなに腹の立つことがあっても、 「パンを作る」という作業自体に嫌気が差したことは一度もありません。
一方、マイスターはあまり時間のかかる方法が好きではないのです。 もちろん、私は責任も全くない弟子の立場ですから、 マイスターも「じゃぁ、やりたいようにやってみればいいよ。」 と、言うこともできません。
とうとう、ある時から、修業があと何日で終わるのか、 カレンダーを見て数えたりする私がいました。

そして、気付きました!
「私は忍耐を勉強するために修業をしてるんではない。」と。
パン作りについて、もっともっと学びたいのに・・・・。
組合へ行って、信頼できる先生に相談したところ、
「職場をすぐに変えなさい。 でも、辞表は次の職場をみつけてから出す方がいいよ。」
と言われ、私も決心しました。 転職しよう!と。

家に帰ってから、1年前に行ったパンのお祭りで集めたいろんなパン屋さんのパンフレットを見ました。
それを読んでいてやっぱり気になったのが、 BIO(ビオ)のパン屋さんでした。
BIOというのは、ドイツで一般的に「オーガニック」とか「有機栽培」という意味で使われている言葉です。

私は、2軒のBIOのパン屋さんのパンフレットを持っていました。
1軒は、とっても有名でドイツ一のデパートKaDeWeのパンコーナーにもパンを卸している会社ですが、 どちらかというと工場という感じで、ものすごく大きな機械でパンを作っている写真が載っていました。 地図で場所を調べてみても、あまり良い噂を聞かない地区の工場地帯の中のようだったので、 興味はあるけれども、あまり気が進みませんでした。
もう1軒は、1993年創業の若い小さなBIOのパン屋さんで、こちらは手作業でパンを焼き上げている写真が載っていて、 毎年少なくとも4人の弟子が一緒に働いていると書いてありました。 地図を見て、 「明日、仕事の後にでも視察に出かけてみよう!」と思いました。

自転車で家から約50分かかって到着したお目当ての BIOのパン屋さんですが、外観を見ただけで、
「うわぁ~、ここで勉強したいな~」と心から思いました。
店の側面には大きなガラス窓が並んでいて、中の様子がばっちり見えます。
コンピューターの並んだ事務室、その隣は、お菓子工房・・・・
大きな生地捏ね機の並んだパン工房・・・・
どこもかしこもとにかくきれいに整理されています。

お店に入って見て、パンを見て思ったこと。
「きれい~~~~~!!!丁寧に作ってあるなぁ!!!」
とにかく何か食べてみようと思い、カプチーノをいれてもらって アップルパイを頂きました。
粉の味のよくひきでた生地で、手作りと思われるアップルフィリング。
美味しいどっしりしたパイでした。

私が食べている間もお客様はひっきりなしに入ってきて、 常に3,4人が待ってるという状況。 それも小さな子供や赤ちゃんを連れている人が多く、 「良いものを求める人がお客様なんだ」と良くわかりました。
売り子のおばあさんに「弟子の採用について聞いてみたい」 という思いは大きかったのだけれど、 なんとなく雰囲気に圧倒されてしまって、 その日は何も言わずに家に帰ってきてしまいました。

「絶対、絶対あのBIOのパン屋さんで働いてみたい!!!!」
とは思うものの、 内部に入りこむには、敷居が高そうな雰囲気がしたし、
何より私は「女で、弟子としてはトシで、外国人」。
なんだか三重苦をしょっちゃってるような気がして、・・・・ちょっとコワイような気がしました。
でもでも、「私がしたいこと」 それは何より、「学ぶこと」。
その願いが一番かないそうな場所がそのパン屋さんだと思ったので、
「よし、当って砕けろ!だ。 何かを始める前に自分でネガティブなことばかり考えるなんてナンセンス!」
と思い、翌日仕事の後もう一度そのパン屋さんに足を踏み入れたのでした。